「命について考える」
市街地での講演会の翌日、小規模校で小学5年生から中学生までの、
20人ほどの生徒への授業も行ってくださいました。

「命について考える」
まず命とはどういうものか?から始まります。
命の目的は「幸せになること」「未来があること」
それから傷つけて捨てられた子犬の話と殺処分の話へ。
犬の運命は、すべて人間の手にゆだねられていること。
犬を不幸な殺処分へ導くのも、看取られての幸せな最期にするのも人間次第。
そんなエピソードをいくつも重ねます。
ボロボロになった子犬と、
治療され愛されてピカピカになったその後を見せて、
どちらがいいか?
犬をどちらの姿にするのも自分次第。
どっちの自分が好きですか?と問いかけます。
けっして犬猫の話で終わらず、自分自身の在り方、幸せと繋げ
自己肯定感をもたらす生き方へ導きます。

生徒達も、私語もほとんどなく、熱心に聞いてました。
終了後の感想も、積極的に、次々と語ってくれました。
しっぽの会メンバーから
石垣島での現状、譲渡会のことなどを紹介させてもらいました。
後から「譲渡会に行ってみたい」と声をかけてくれた女生徒や
「猫フードを寄付します」とおしゃってくださった先生。
確実に、伝わっていると感じました。
やはり、現状を伝えるだけでなく、
そこから未来の行動の変化へと繋げるように話すことは大切だと痛感しました。
他校でも、こういう機会を設けてもらえたら
同じ主旨の授業をやりたいと思います。
ご相談はしっぽの会までおよせください。
今西乃子さんの講演会 「命について考える」
『 命について考える 』
講師: 今西 乃子さん(児童文学作家)

☆ 日時 2015年2月17日(火) 18:00~
☆ 場所 石垣市健康福祉センター 検診ホール
☆ お問い合わせ 沖教組八重山支部 0980-82-3264
命の可能性、命の輝き、生きていることの素晴らしさ、そして価値―。
何ひとつとして、言葉で簡単に教えられるものではないと思います。
しかし、今の子ども達の多くは、「自己肯定感」が低く、
自分が何のために生きているのかわからない、と言います。
そこで、あえて「命の授業」にチャレンジしてみました。
題材は、著書「命のバトンタッチ」「犬たちをおくる日」です。
人間の身勝手で、殺処分になっていたはずの犬、未来は、
我が家で今元気いっぱい走り回っています。
その姿を子どもたちが直接見て、未来に触れ、その体温を感じ、
「未来ちゃんって温かいね」「柔らかいんだね」と、・・・言ってくれたら・・・
その思いで、授業に取り入れ始めました。
“生き物の体温は、命そのもの、生きている証だ。
その犬を触って「死んでもいい」と思う人間は誰一人いないはずだ。
ここで大切なのは、未来は殺される運命にさらされた犬だということである。
子ども達は言う。
「こんな可愛い犬、殺すなんて・・」「幸せになってよかったね」
野良犬だった未来に対し、子ども建ちがそう願うならば、なくなっていい、
殺されていい「命」などひとつもないはずー。
”命に対する“気づき”はこんなところからも子どもたちに伝えられます。
もっとも、わかりやすいと思いませんか?
そして、こう問いかけます。
「命を捨てるのも人間、救うのも人間。
どちらの大人になったほうがみんなは自分が好きって言えますか?
幸せって思えますか?」
~ 同時開催 ~
☆ 石垣島しっぽの会活動報告

☆ 今西乃子さん 「小さな命の写真展」
日時 2月18日(水)~22日(日)
場所 大浜信泉記念館 1階ギャラリー
たくさんの皆さまのご来場を心よりお持ちしております。
第1回命の授業
ある小学校の先生が、道徳の授業に捨て犬問題を取り上げてくださることになり
しっぽの会メンバーが「ゲストティーチャー」という役割で参加しました。
「どうぶつたちへのレクイエム」を題材に使って
写真の犬達の気持ちを子供達に考えてもらいます。


子供達は自分の思うことを書き込んで、発表していきます。

先生が適宜しっぽの会メンバーに話をふられるのに合わせて
捨て犬や捨て猫の殺処分のことや、
捨て犬の保護直後の写真と、数ヶ月後の写真を比べて
表情の変化から何が読み取れるかを子供達に尋ねたりして、
犬にも感情があること、人間といっしょでないと生きていけないことなど話しました。
授業の最後に子供達に与えられた課題は
「人間にも動物にも( )がある」
( )に入る言葉を考えること。

「いのち」と「こころ」
ふたつの言葉を子供達は書きました。
授業後、実際にメンバーが同伴した元捨て犬に触れながら
犬との接し方なども話しました。
今後、こういう機会がもっと増えることを願います。
学校などで「命の授業」を取り入れられることをお考えでしたら
いつでもしっぽの会にご相談ください。
全面的に協力いたします

by犬坂keno